
宮澤 浩
プロフィール

1970年 神奈川県生まれ
藤沢西高校、中央大学へと進み、在学中、U-19日本代表、バルセロナオリンピック代表に選出される。卒業後、JリーグJEF市原へと進み、ベルマーレ平塚、サンフィレッチェ広島などのチームを渡り歩く。
その後、日本人としては初めて、オーストラリアリーグの選手としてプレーをする。
NSL Canberra Cosmos
NSL Football Kingz
などに所属する。
現在、WYNRS NZのヘッドコーチとして活躍中。
バックナンバー
「Nike Cup World Final
Part 2」
「Nike Cup World Final
Part 1」
「代表月間」
「Soccer For Life」
「オセアニア・チャンピオン」
「サッカーを愛する皆様へ」
「努力するということ」



「Nike
Cup World Finals – Part 3」
予選リーグ第1戦 VS
全南ドラゴンズ(2-4)
私たちの大会初戦は、韓国代表の全南ドラゴンズ。Kリーグの下部組織チームで、パワフルでスピードがある、韓国らしいチームでした。この試合、出足は韓国のチームがこちらを圧倒します。センターフォワードにもの非常に力強くてスピードのある選手がいて、彼にディフェンス陣が翻弄されてしまいます。初戦の緊張感とあいまって、なかなかリズムが
取れないまま、前半に2点を許してしまいました。
ハーフタイム、とにかく難しいことをせずにシンプルにプレーをしよう、セットプレーを大切にしようというということを選手にいい聞かせ後半送り出すと、まったく逆の展開になります。キックオフとともに相手にプレッシャーをかけ、セットプレーとPKで2点を取り返し、試合を振り出しに戻しました。
その後もこちらのペースで試合をすすめ、この間2度もポストをたたきます。しかし、一瞬の隙をつかれてカウンターを食らってしまい、1点を失います。この一点は今から考えれば、今回のトーナメントを通して一番痛い失点でした。押せ押せの大事な場面でこういった失点をするということは、チームの成熟度や経験の面でこのチームもまだまだなのだと痛感しました。この失点で集中力がきれ、ロスタイムにもバックパスをさらわれて失点し、2-4で初戦を落としました。
予選リーグ第2戦 VS
FCバゼル (0-1)
私たちの第2戦目は、スイスチャンピオンのFCバゼル。日本人、中田浩二選手が活躍しているクラブです。スイスはここ数年ヨーロッパのなかでユースの育成において非常に評価が上がってきてる国のひとつで、若い選手がビッククラブで活躍しだしています。
そのかなでもFCバゼルはトップチームだけでなく、ユースにおいても国内ではトップクラスのようです。このチーム、特出した選手がいるわけではないのですが、戦術的に非常に良くまとまっていて、洗練されたチームでした。私的には、今大会全体を見てもFCバゼルとロシアのチームがチームの成熟度においてはトップレベルだったと思っています。
ふだん、各チームのコーチたちは、選手が部屋に戻ったあと、宿舎がある敷地内にあるバーに集まってお酒を飲みながらちょっとした懇談会を開いていたのですが、個人的にFCバゼルにはとても興味があり自分から積極的にバゼルのコーチたちと話をしました。彼らによると、このチームは過去2年くらい国内リーグでは負けたことがないとのこと。興味深い話では、バゼルは3カ国の国境に近く、近隣諸国の良い選手を集めやすいので、どの年代も強いチームを作ることが出来るということ。また、最近はスイスのクラブも他の国同様にアフリカの選手に投資する傾向にあるらしく、実際今回のチームにもセンターバックに黒人のいい選手がいたのですが、彼が現在チェルシーからオファーを貰っているという話を聞きました。彼が14歳のときに家族ごとFCバゼルがガーナから呼んだそうです。彼はプロ契約選手ではないにもかかわらず、日本円で約1500万円くらいの移籍金が発生するらしいです。ボスマン裁決後、いまだに過熱するいっぽうの「選手のあおた買い」のいったんを垣間見た気がします。
中田選手のことも彼らに聞きました。クラブに来た当初は、さっぱりだったようですが、今ではレギュラーをとり、チームにとってとても重要な選手だといっていました。
今回は特にアシスタントコーチととても仲良くなり、いつかFCバゼルにコーチ研修に行きたいといったら、実際いろんな国のコーチが研修に来ているらしく、いつでも受け入れてもらえるといってもらえたので、時間をつくってホントにいきたいと思っています
そんなFCバゼルとの試合ですが、チームのパフォーマンスとしては、今大会のなかで一番いい試合をすることが出来ました。選手たちも初戦の緊張感から解放され、自信を持ってプレーをすることが出来ました。結果的には、後半にうまく左サイドを崩され失点し0-1で負けてしまいましたが、コーチとしてはチームの力を存分に出しながらの敗戦だったので、当然悔しい気持ちもありながら、悲観することはありませんでした。
第三戦 VSサンパウロFC (0-4)
最初の2試合を落としたことにより、決勝トーナメントに進むことを考えれば、残りの2試合を勝たなくてはなりません。その残りの2試合がサンパウロとエバートンなので、コーチとしては非常に難しい状況です。特にサンパウロはこの日までの戦い方を見ても、おそらくほとんどのチーム関係者が優勝候補の筆頭に上げているくらい、力は他のチームより抜けていました。実際、サンパウロは決勝まで進みバルセロナに破れますが、実力的にはサンパウロの方がチーム力はうえだったと思います。決勝戦では、バルセロナがコーナーキックから得点を奪い、その一点を手堅く守って優勝しましたが、選手一人一人の個人の力を見てもサンパウロが一枚うわてだったと思います。
バルセロナとサンパウロ、両チームともチームとしての成熟度、戦術的には決して完成度が高いチームではありませんでした。大量得点で圧倒して勝ったと思えば、次の試合で平凡な相手に苦戦をするといったぐあいです。これは、クラブの方針として焦点を個人の育成に重きを置いているからに他なりません。特にサンパウロは、最終ラインは基本は非常に古典的な、相手のストライカーにマンマークでつき、必ず一枚深くあまる形をとっていました。攻撃においては、バルセロナもそうでしたが、アタッキングサードでボールを貰ったらまずは必ず仕掛けるということが徹底されていました。
そんなサンパウロとの試合、事前にしっかり彼らの試合をスカウティングし、ピックアップしておいた相手のキープレーヤーをスペースを与えないこと、奪ったらシンプルにせめて、セットプレーでチャンスを作ろうと、考えられるあらゆる手段をこうじて試合に臨みましたが、結局は1対1の局面で歯が立たないため、その穴を埋めるのに精一杯といった試合展開となってしまいました。サンパウロやバルセロナをみていて、やはりサッカーの試合において、1対1の局面で勝てるかどうかが非常に大切であると再認識させられました。特に自分自身育成の現場にいる以上、個人の能力をいかに伸ばしていくかをもう一度考えていかなくてはならないと、いまさらながら考えさせられました。
第4戦 VS エバートン(2-5)
予選リーグ最終戦、当然のことならこの時点で決勝トーナメントに行くことはできなくなりました。そこで、コーチとして2つのことを考えました。
ひとつは、是が非でも1勝を目指すこと。もうひとつは、今まで使えなかった選手にもチャンスを与えてあげることの2つです。世界大会で1勝をあげることが出来れば、それはとても意義があることです。ましてや、エバートンを破ることが出来れば、大きな価値を持った1勝になると思います。ただ、選手たちがまだジュニアユース年代であることから考え、結果よりもすべての選手に経験を与えてあげる方が重要だとの結論に達しました。
自分が中学生のときに、世界大会でサンパウロやエバートンとやれるチャンスがあったらと思うと、この年代の子供たちにとってとても大きなことだと思ったからです。
本来なら、ここまで3試合戦ってきた中で、そういったことも出来たかもしれませんが、実は私たちの16人のチーム構成が、12人目からが極端に力が落ちるといるチーム事情があり、ここまで12人以外の選手をほとんど使うことが出来ませんでした。予選リーグで一試合くらい楽なチームがあると思っていたのですが、このグループではそうはいかなかったのです。この試合では前半を主力で戦い、後半はメンバーを入れ替えて戦うことを決めて試合に臨みました。
試合のほうは、キックオフと同時にこちらのペースで試合が進みます。選手たちは疲れもあったと思うのですが、非常に積極的ないいサッカーを見せてくれました。
サンパウロの試合の数時間後だったからでしょうか、彼らより格下でプレッシャーもあまりないと感じたのか、面白いようにパスが回りました。そんな中、こちらが先にPKを貰い先制します。直後のコーナーキックで失点しますが、またPKをもぎ取り、2-1とリードしますが、前半終了間際にコーナーキックから失点をし、前半を2-2で折り返します。
正直いって、このまま戦えば十分に勝てるチャンスはあったと思います。
ハーフタイムに入った直後に、コーチングスタッフみんなで顔を見合わせたのを覚えています。皆、勝ちに行こう!と一瞬思ったからだと思います。しかしすぐに思い直し、試合前に話し合ったように、後半は選手を入れ替えました。
結果は後半3点を取られ、負けはしましたが、色々な意味で実りのあった試合だったと思っています。その色々な意味での実りのひとつですが、この大会期間中にエバートンのスカウト、テリー氏が私のところに来て、チームキャプテンでDFのキャメロンとFWのアンドリューに興味あると言われました。まず最初に彼らについて聞かれたことが、彼らが英国パスポート取得が可能かどうかです。FIFAのルール上、世界中のいかなるクラブも18歳以下の選手を他の国から連れてくることを禁じています。(親がクラブから1時間以内の距離に一緒に住めば、OK)幸いキャメロンはお父さんが英国パスポートホールダー、アンドリューはスコットランド(英国圏)、グラスゴー生まれ。そうと分かったテリー氏は、エバートンとの試合後、あらためて二人をトライアルに招待したいと申し出てきました。最初にこの話を正式に受けたときは、正直かなりエキサイトしました!というのも、世界のトップレベルのストライカーとして活躍したルーファー氏が母国ニュージーランドに帰ってきて、ニュージーランドサッカーの少年たちを、自分か成功した同じような道を歩ませてあげたいと思って立ち上げたのがWYNRSのプログラムです。およそ、WYNRSが立ち上がって10年ほどがたちましたが、今回のエバートンのオファーは、その夢が現実になるまで片手が届いたということです。このことは、すぐにルーファー氏に伝えました。彼は自分の事のように喜んでいました。アンドリューとキャメロンの二人はWYNRSの2期生で約7~8年はWYNRSに携わっており、私自身も約6年ほどコーチとしてかかわっています。日本にも何度か連れて遠征に行ったことがあります。そんな彼らが、プレミアリーグのトップクラブからトライアルのオファーがかかったということに、私自身エキサイトしないではいられませんでした。
このコラムを書いているいま、彼らはエバートンにいます。このシリーズのパート1にも書きましたが、この話をコラムもどうしても入れたくて、エバートンからの正式なトライアルの招待状を待っていたのです。しかしながら、相手側の日程の調整などで、当初の予定より大幅にずれて、今にいたりました。15歳のトライアルとはいえ、クラブ側が飛行機代から全額負担で
、オフの日にはお小遣いまでくれるというのですから、プレミアリーグのチームがいかにお金持ちか分かります。その二人から近況報告があり今週末に、リバプールと試合だそうです!まさに、Merseyside
Derby=イングランドでも指折りのダービーマッチです。スタジアムが1kmも離れていない隣にあり、お互いが労働者階級のチーム同士とうこともあり、昔は試合のたびにいざこざがあったダービーだと言われています。
ユースの試合とはいえ、すでにコーチからは、リバプールとの試合はいつもラグビーのような荒れたサッカーにならなるので、その心づもりで試合に臨んでくれといわれたそうです。そんな歴史のあるダービーを経験できるだけでも、向こうにいった価値があると思います。
予選リーグで1勝もすることは出来ませんでしたが、色々な意味で実力どうりの結果だったと思います。もちろん、もっとこうすればよかったとか反省することはたくさんあります。ただ、選手も私もホントに素晴らしい経験をしました。ましてや、私たちの選手がプレミアクラブの目にとまったことは、二人の選手にとってはもしかするとトーナメントで結果を残すことよりも価値のあることかもしれません。
最終日は下位の順位戦にまわり、マレーシアとタイのチームにそれぞれ勝ち気持ちよく大会を終えることが出来ました。この最後の2試合をやってみて、私たちのリーグはタフだったなあとつくづく思いました。
パート3まで続いた、ナイキカップ世界大会のコラムですが、ホントはもっともっと書きたいことはたくさんあります。たとえば、大会期間中にマンチェスター・ユナイテッドのホームスタジアム、オールドトラフォードでインテルとのプレシーズンマッチを見たことなどは、その試合だけでも、1コラムかけるくらい面白い試合でした。(73000人の超満員。インテルのフィーゴが別格でした)また、今ではイングランドでもっとも歴史のあるスタジアムのひとつ、リバプールの「アンフィールド」を訪れたこと。これなんかも、ひとつの博物館を訪れたようで非常に興味深く、貴重な体験でした。(スタジアムツアーで、リバプールにまつわる面白い話をたくさん聞けました。この歴史的なスタジアムももう何年かで取り壊しになるようで
す)それから、大会の閉会式でニュージーランドの伝統「HAKA」(ウォークライ)を披露できたこと。エーバートンだけでなく、そのほかのイングランドのクラブとの試合を通して、各チームのコーチたちと色々な話をすることが出来、イングランドの育成事情を知ることが出来ました。このことなんかも、アンドリューとキャメロンのエバートンでのトライアルとあわせて、じっくりを1コラムにまとめていつか書きたいと思っています。
今ヨーロッパで一番ホットな国イングランド、是非また行きたいです!ということで、パート3までつづいたNike
Cup World Finalsをいったん終わりたいと思います。